国営ナンタラ通信

じゃいあんとパンダ

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子供を守る って 言ってるんです

キチガイな風潮です。子供が子供自身で守るらしいです。子供を守るです。

小学校の校長が児童に「自分の命は自分で守る。」と呼びかける時代ですよ。

犯罪者不審者が来て逃げるとか防犯ブザー押すとか大人の場合でも難しいです、小学校生には無理!  誰が不審者なのか判るか。 小学校生の回避行動に期待するなんて無理!

東京新聞 - 中日新聞 - 2005年12月22日

安全標語で児童指導 大声出す訓練も

 県内のほとんどの小中学校で二十二日、終業式が行われた。栃木県今市市の小一女児殺害事件を受け、警察や学校関係者は冬休み中の子どもたちの安全対策に、細心の注意を払っている。
 遺棄現場を学区に持つ常陸大宮市立大場小学校では終業式で、鈴木清光校長(56)が「みんなもよく知っていると思いますが、最近いろんな事件が起きてます。自分の命は自分で守る。知らない人に声を掛けられても車に乗ったりしないこと」と全校児童六十人に呼びかけた。式後には、助けを求める際に大声を出す訓練を全員で実施。また担当教諭が「いかのおすし」という標語を用い、不審者には「(1)いかない(2)のらない(3)おおごえを出す(4)すぐ逃げる(5)しらせる-ことが大切です」と指導した。
 遺棄現場を管轄する大宮署では、巡回パトロールを強化するほか、保護者など地域ボランティアや自警団の協力を得るなどして子どもの安全を守る態勢を整えている。 (高橋 知子)

 
http://www.daily-tohoku.co.jp/news/2005/12/26/new05122606.htm
三沢署が連れ去り防止合言葉カレンダー配布(2005/12/26)
教室にカレンダーを掲示する岡三沢小の児童
 三沢警察署(石田省吾署長)は二十二日、子供の連れ去り事件を防止するための合言葉を書いた同署オリジナルのカレンダーを三沢市立岡三沢小学校(山村義一校長)に贈った。
 カレンダーは同署のほか、三沢地区少年補導協力員連絡会、三沢地区連合防犯協会が企画。同署少年補導職員の窪田弥生さんがカレンダー作りを担当した。
 大きさはA4判。連れ去られないための心得として、全国的に広がっている五項目の合言葉「いかのおすし」(▽知らない人に付いて「いか」ない▽知らない車に「の」らない▽危ない時は「お」おきな声で叫ぶ▽安全な場所に「す」ぐ逃げる▽大人に「し」らせる)を、低学年の児童でもわかるようにひらがなで表記している。イラストでも不審者対策を呼び掛けている。
 カレンダーは今後、同署管内すべての小、中学校に配布される。
小学校 低学年、7歳~9歳

河北新報社、http://www.sanriku-kahoku.com/news/2005_12/k/051210k-bouhan.html
登下校時、不審者を想定 2005.12.10
気仙沼中で防犯教室
安全確保への認識高める/


 下校中の児童が殺害されるなど全国で児童や生徒が犯罪に巻き込まれる事件が相次ぐ中、気仙沼中(小野寺三千秋校長、生徒三百六十一人)で六日、防犯教室が開かれ、生徒たちは校外での安全確保に対する認識を高めた。

 同校体育館での防犯教室には全生徒が参加。気仙沼署生活安全課の笠原敦子さんが講師を務めた。

 「校外での不審者への対応」をテーマに実技を中心に実施。教師が不審者役となり、各学年の生徒代表が車による連れ去りや変質者、通り魔などを想定して万が一の場合の対応の仕方を学んだ。

 不審者は「姉が交通事故にあった」と話しかけながら生徒を強引に連れ去ろうとしたり、「小学校への道順を教えてほしい」などと言葉巧みに誘い続けた。不審者役の教師の迫真の演技に、生徒からは「恐ろしかった」との感想が聞かれた。

 実技後の講話では、笠原さんが気仙沼署管内や県内での不審者による事件を交えながら「性的な目的で女子が被害に合うケースが多い。車で道順などを聞かれても、絶対に自分から乗らないでほしい」と強調。さらに「緊急時には近くの民家に逃げ込んで助けを求めてほしい」と話し、護身術なども伝授した。

 防犯教室を受講した加藤聖士さん(二年)は「登下校時の安全に対する意識を高め、自分の命は自分で守ることを心掛けたい」と話していた。


僕が小学校生の時は、
登校時は近所の6年生がリーダー的に数人で登校して
下校時は近所の同窓生どうし遊びながら帰った。
夜に出歩く事は ほとんど無かった。夕方の6時とかには家に帰ってました。


夜に塾への行き帰り独り歩き なんて 想像できない。意味がわからん
子どもを守る 塾・習い事増える送迎、朝日新聞 - 2005年12月6日






冬景色
http://www.d-score.com/ar/A02011503.html
冬景色
文部省唱歌
一、
  さ霧消ゆる湊江の
  舟に白し、朝の霜。
  ただ水鳥の聲はして、
  いまだ覺めず、岸の家。
二、
  烏鳴きて木に高く、
  人は畑に麥を踏む。
  げに小春日ののどけしや。
  かへり咲の花も見ゆ。
三、
  嵐吹きて雲は落ち、
  時雨降りて日は暮れぬ。
  若し燈のもれ來ずば、
  それと分かじ、野邊の里。
  

http://www.pureweb.jp/~donbiki/Shouka/Shouka-1.htm
http://www.pureweb.jp/~donbiki/Shouka/Huyugesi/Huyuge.htm




自分の頭で考える。

僕の高校は、私服でした。
16歳にもなって制服ってどうなのかな!官製の学校じゃあるまいし。
真夏でもルーズソックスの女子高校って頭がオカシイのか。
今になって思えば、血の通った高校に通ってたのだなぁと思います



ちりがんぼ
私の母校

1998.11.20   私の母校

私の行ってた高校は、京都府立嵯峨野高等学校。地元の公立高校である。

今、私の母校は無い。イヤ、学校自体はあるのだが、もう嵯峨野高校は私の母校ではない。

楽しかったけど、悲しい話。

私のいた頃の嵯峨野高校は一言で言うと「自由」って感じの高校だった。

制服もなかったし、受験受験っていう雰囲気もなかった。ちょうど大学を小さくしたような雰囲気。

私服やったからよく授業をさぼって街に遊びに行ってた。4時間目をブッチして、お弁当を持って近所のマクドで

ハンバーガーとアイスティを頼み、弁当を食べ、昼休みが終わるとまた学校へ帰ったり。

朝学校に着くなり、友達に「河原町行かへん?」と言われ、教室に入ることなく遊びに行くこともあった。

先生達は嵯峨野高校出身が多く、自由な校風を守っていきたいって思ってる先生が多かった。

ある程度のブッチは特に責められるわけでもなかったし、逆に先生に「あと何回休んだら赤やぞ、数えとけよ」とか

言われる人もいた。実際、今日休んだら赤がつくって人を、先生に「おい、探してこい」って言われて授業中に何人かで

探しに行ったこともあった。探しに行ったうちの何人かはそのまま授業に戻ってこなかったけど。

勉強よりも行事に燃えるタチで、文化祭や体育祭の頃になると、夜遅くまで準備してた。学校が閉まると自転車で

運動公園まで行って踊りの練習したりして。文体祭が終わると、1ヶ月ぐらいその話で持ち切り。

勉強なんかする訳なくて。おかげで2学期末のテストなんてみんなボロボロやった。

でもみんな仲良かったし、先生とも仲良かった。ブッチしてたけど、学校好きやったし自慢できる学校やった。

私達のクラスは、ミックスホームルームという形態。授業は進路ごとに文系・理系に別れてるけど、ホームルームは

ごちゃまぜにする。なんでそうしたかというと、学校行事を盛り上げる為。と個人的に思う。

理系と文系なんて男女の人数に差があるし、体育祭とか球技大会とかやっても盛り上がらへんやん。

それに、進路を一旦決めてしまうと、ずっと同じ人達と授業も受けるから、他の進路の人達と話す機会が減る。

せっかく何百人と人がいるのに、仲良くなれへんやん。だからミックスホームルーム。

でも、教育委員会の考えは違った。受験モードな高校にしようと色々働きかけた。行事を減らせとか、

文化祭や体育祭を春にしろとか色々言ってきた。で、ミックスホームルームをやめさせようとしたのだ。

教育委員会の考えでは、ホームルームも進路別にした方が先生の指導もやりやすいだろうとの考え。

でもウチの先生達は「そんなに違いはありません」とはねのける。だってせっかくいい校風を変えようとする訳がない。

当然私達も行事が減るなんてもってのほか。だから、全校生徒に署名を集め、生徒の90%ぐらいの署名を校長に

毎年提出した。親達も署名を集めた。つまり、先生・生徒・親が、教育委員会の考え方に反対したのだ。

それだけでも結果は明らかやんか。今のままがええとみんな思ってた。

校長(教育委員会)と、先生と生徒代表とで何度も話し合ったりして、毎年この校風を守ってきてた。

ところが。大人のやることは汚い。なんと、まずは先生からということで、3年がかりで先生を総入れ替えしたのだ。

私がちょうど卒業する頃のことだった。今となっては、私の2コ下ぐらいまでがなんとか今までの嵯峨野高校の雰囲気を

残してたけど、その後の、嵯峨野高校は変わった。国際科を作り、制服にして、校舎も全部建てかえた。

グランドと校舎の位置が変わり、正門の位置まで変わった。昔の面影は何一つ残ってないのである。

私達の母校は無くなった。今高校に行ったところで、懐かしいなんて思わない。

先生達もバラバラになった。先生達も、あの頃の嵯峨野は楽しかったって言ってたし。

もうあんな高校ないやろうな。最高に楽しかっただけに無くなってしまって寂しいって気持ちがとても強い。

私の母校は無くなってしまったのです。ん~寂しいなぁ。








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コメント

鎌倉彫技能士

鎌倉彫技能士とは、神奈川県鎌倉地方に伝わる鎌倉彫の技能を認定する資格 http://hope.wglorenzetti.com/

  • 2008/08/29(金) 07:10:21 |
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  • 匿名希望 #-
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